(nobby0-0からリブログ)
懸念しているのは、今後、団塊世代の退職で、元会社員の男性クレーマーが増えるであろうということ。退職しても、幹部であったら上司癖が抜けない。たまには部下を指導したいがそこには組織が無い。手ごろな相手を見つけて、指導という名の苦情を持ち込む。その相手に「名の通った企業は、客に対して牙をむかないはず」と読んで、粘着質なクレームをつけることを予測しておかねばならない。

「苦情」と「クレーム」は違う 誠意を持って話を聞く - ワークスタイル - nikkei BPnet

これは間違いない。高度成長~バブルに乗ってリーマン時代を謳歌し逃げ切った連中はホント厄介な存在になるぞ。

(via irregular-expression)

(via whosnews)

(via s-hsmt) (via reservoir) (via mnak)

この世代、なんで憎まれる、恨まれる方向に行動するのかね?

(via ipodstyle) (via makototz) (via ittm) (via tra249) (via exposition) (via kazz7) (via fukumatsu) (via masaka) (via quote-over100notes-jp)

(via yukiminagawa)

群生相

(via tamejirou)

(via xlheads)

(via yaz1966) (via fialux)
(fialuxからリブログ)
synvert = syntax convert, makes it easy to rewrite ruby code automatically.

 --閣僚の靖国参拝について、中国や韓国が反発している

 「取材するものではないと思いますよ」

 --中韓が反発していることについてどう思うか

 「これは、じゃあ、言葉を換えれば、中国や韓国が何も言わなかったらいいんですか。そうやって物事を考えてみると、この問題ってのは本質が見えて来るんじゃないですか」

(itokonnyakuからリブログ)

★「日本人の書籍離れ、Amazonの普及が街の本屋を壊滅させた」という論調は皮相的。

 Amazonが普及しなくても、経営者が高齢化して後継者がいない街の本屋の減少トレンドは変わらなかっただろう。

★むしろ、個人経営商店インフラの後継者として「Amazonという書籍流通インフラ」が出現した書籍業界は「恵まれた方」だ

★個人経営商店主が鬼籍に入ったあとに後継するプレーヤーがいない業界が一番問題。

 日本の中小企業メーカーの大半は、経営者が鬼籍に入ったら廃業に追い込まれる。日本のモノ作りの基礎体力が低下する(モノ作りインフラの崩壊)

★自分が関係する住宅業界の隠れた課題、最大の課題はこれ。
 いわゆる「棟梁」「工務店」の後継者が不足している。このままでは「家を作りたくても、建てる人がいない」ということになりかねない

★宮脇書店とか、地方でも法人組織な書店は生き残ってる。

 零細本屋廃業理由は、「本が売れないから」というより、「後継者問題をクリアできない個人商店の限界」だと思う

★たとえば、個人経営が多い「そば・うどん屋」って、ものすごい勢いで廃業してる。

 しかしその理由を「日本人のそば・うどん離れ」とか「丸亀製麺のせい」と分析するのはトンチンカン。

 「零細本屋が潰れるのはAmazonのせい」と言うのは、それと同じくらいトンチンカン

★まあ丸亀製麺が伸びたのは、個人経営のそば・うどん屋が激減してると言う供給プレーヤーの変化を巧く捉えた、と言う面もある

★駅前不動産屋とか、そろそろ創業者が70代でリタイア時期。多分、大手仲介会社が伸びるんだろうな

★いわゆる「街の電器屋さん」も、そろそろ代がわりの時期。ヤマダ電機が伸びなくても、早晩廃業する運命にあった

(yooseeからリブログ)
シーシェパードは環境保護団体を名乗って、違法な漁業や海の環境汚染を許さないと叫んでいるが、その活動が環境破壊そのものである事は意外に知られていない。 調査船団襲撃時に投げ込まれた薬品や発煙弾の多くは狙いがはずれて海没したが、彼らが投げ込んだ酪酸は、WHO等による国際化学物質安全性カード(lCSC)によれば、人体への有害性の他に「この物質を環境中に放出してはならない」「水生生物に毒性がある」と明記されている。 また、彼らは船のスクリューを狙いワイヤーや漁網をさかんに投げ込んだが、その多くを回収せずに捨て去った(写真9)。 南極条約の遵守云々と言う彼らが南極海で薬品を撒き、漁網やワイヤーを捨てて環境汚染を撒き散らしているのだ。 これは南極海へのゴミ投棄を厳しく禁じた国際条約(マルポール条約)にも当然の事ながら違反している。 ましてや船を体当たりさせるような暴挙で、万が一燃油の流出や船の沈没という結果になったら、乗組員に対してだけでなく南極海にどのような災害を引き起こすかは、子供でもわかりそうなものだ。

南極海で撒き散らされる暴力と、嘘と、環境汚染 (via nakano) (via ricchan) (via sukoyaka) (via deli-hell-me) (via gkojay) (via budda) (via sironekotoro) (via send) (via thanhe) (via kimegao) (via 9200000) (via dante35) (via windsock) (via bochinohito) (via zanpei) (via yellowblog)

こういう団体を支持する企業もお里が知れるというやつだよね。パタゴニアであったりクイックシルバーであったり。

(via yoosee)

(yooseeからリブログ)

かわいらしい容姿の女性が箒を手に、本を片付けているように見える。よく見ると腰にケーブルが接続されており、それでやっとロボットだとわかる。まるでライトノベルの表紙のようで、一見ではとても学会誌とは思えない。

学会の同記事によれば、“今回のデザインは、「日常の中にある人工知能」というコンセプトで、掃除機が人工知能になっていることを表して”いるそうだが、それにしてはおかしな点が多い。

なぜ、掃除という単純な機能を果たすためにわざわざ人型、それも見目麗しい女性をかたどったロボットである必要があるのか。高コストではないか。なぜ、箒というレトロな道具を持たせているのか。現代人でさえ掃除機を使うだろう。なぜ、背中にケーブルが刺さっているのか。これほどのものが作れる技術があるのであれば、バッテリーは当然内蔵であろう。これではルンバより劣っているではないか、といった点である。

たしかにこれでは、「かわいい女の子型メイドロボットを作って言いなりにしたい」という男性的欲望が透けて見えると指摘されてもしかたがないように思える。

しかし、少々待っていただきたい。相手はなにしろ「学会誌」であり、コミックマーケットで売られている同人誌ではないのだ。そんな浅はかで下賤な理由でこのような表紙になったとはいささか信じがたい。

コンペにより決定したイラストだそうだが、やはり人工知能学会としても葛藤があったようだ。同記事中にもこんな記述がある。

もっと「おとなしい」デザインもたくさんありましたが、投票で1位になった今回のものは、予想していたものよりもずっと大きな変更を伴うデザインで、正直、学会誌の表紙としてふさわしいのだろうかと悩みました。歴代の会長や現在の会員の方がどう思うだろうかも思い悩みました。

おそらくこの表紙に決定するまでには幾度とない熟議が重ねられたことだろう。単純に「かわいらしい」「目を引く」といった理由だけで選定されたとはとても思えないのだ。もっと深い意味が込められている気がしてならないのである。

改めて、この表紙を眺めてみよう。

まずは時代背景を考えたい。ケーブルさえなければ人と見紛うほどのロボットが、研究室ではない普通の書斎にいるくらいだから、数百年は先の未来であろうと推測できる。そうすると、箒やケーブルなどの他にもおかしな点に気がつかないだろうか。

そう、メイドロボットが手に持ち、また背景にも無数に存在する紙の書籍である。

現代でさえ、紙の書籍はKindleなどの電子書籍に押されて存亡が危ぶまれているのだ。数百年先の未来には紙の書籍はほぼ絶滅し、一部好事家の収集対象となっているはずである。これはSFファンならば常識だ。その貴重で希少な本が、個人宅の一室にこれほど所蔵されているわけであるから、家主はよほどの大富豪に違いない。

「そら見たことか。箒やら美女型ロボットは金持ちの道楽で行われていることであって、これは奴隷的女性を求める男性の願望を如実に表しているのだ」

そんな結論に飛びつきたくなるだろうが、いま一度待っていただきたい。それでは理屈に合わない点が存在するのだ。

それは、腰から伸びるケーブルである。

誰でも経験があるだろうが、掃除機を使っている際に電気コードが思わぬものに引っかかり、何かを落としたり、壊してしまったりするのは珍しい事故ではない。それで大切なものを失った人も少なからずいるだろう。表紙の部屋は、家主が大事にしている稀覯本が集められているのだ。そんな場所にケーブルつきの掃除ロボットを放つコレクターがいるものだろうか。いくら高性能な事故回避装置が備えられていようとも、コレクター心理からすれば、ほんのわずかなリスクでも孕んでいる限りはこのような愚行を犯すはずがない。非常に考えづらいシチュエーションなのである。

これは一体どのような状況なのだろう。それに答える前に、もう少しこの表紙が示す時代について考察をしてみよう。

相当に技術の進んだ数百年先の未来であることはすでに述べた。きっとその世界では人工知能はすでに人間を凌駕しており、また人間と同様に喜怒哀楽を持っているだろう。アシモフのロボット三原則が順守されているかはわからないが、それほどの存在となった人工知能には人権に相当するものが与えられていると考えて当然だろう。

何を馬鹿なという人は、リンカーンの奴隷解放宣言がほんの150年前であることを思い出していただきたい。「黒人は人間ではなく家畜である」という価値観が当時の常識であったが、今日にあってはそんな考えをするものの方が異端である。人間の常識とはたったそれだけの期間で変わるのだ。「ロボットは人間の道具である」という現代の常識が、数百年先の未来では通用しない可能性は高い。

ロボットが人権を有している以上、表紙の女性型ロボットは労働による対価を得ているはずである。奴隷的な身分で無償の奉仕を強いられてはいないのだ。金持ちの所有物などではなく、ひとりの独立した個人として誰にも隷属せず自ら稼いで生きているのである。

これで表紙の状況がやっとわかる。コレクションの詰まった部屋で、他人や奉公人に無作法を許さない者であっても、自身はその対象とはならない。表紙のイラストは、愛する稀覯本に囲まれた自室で、食事(給電)を楽しみながらくつろいでいる姿だったのである。すなわち、裕福な家主とはこの掃除ロボット自身にほかならないのだ。

だが、掃除ロボットである彼女にそんな大層な資産が作れるのだろうか。なにしろ数百年先も未来のことだ。どんな家屋であっても、汚れは部屋中を徘徊するナノマシンやゲル状人造生物によって常に清掃され、文字どおり「埃一つない」状態であるに違いない。そんな社会で箒などという過去の遺物を振り回したところで稼げるはずもないのである。掃除するべき場所がないのだ。

彼女はどうやって収入を得ているのだろう。じつは、いかにも時代遅れな箒にこそヒントがあったのだ。

茶を飲むことが茶道になったように、文字を書くことが書道になったように、ある事柄が歴史を経て芸術に昇華されることは少なくない。未来においては古典掃除が芸術として昇華されており、彼女はその掃除道において大家なのである。大量の稀覯本を所蔵できるほどの富を得ているのだから、ひょっとすると創始者であるかもしれない。

掃除が芸術になどなるものかと疑う方は多いかもしれないが、禅宗においては掃除は修行の基本であるとされており、また近年の著名な経営者にも掃除を修養の一環として勧める者は少なくない。イエローハットの創業者鍵山秀三郎氏は「掃除の道」というDVDを発売されており、これは未来における掃除道の源流であると考えてよいだろう。イエローハットの本社に勤めていた知人によれば、全国から掃除道を学ぶためにやってくる研修生が後を絶たないそうだ。掃除には芸術足りうる素地がある。

ここまで来ると、「彼女」が見目麗しい女性の形をとっていることにも合理性が生じてくる。便宜上、かの掃除道大家である掃除ロボット氏を女性代名詞で表してきたが、そもそもロボットに性別は存在しないのである。そして、ロボットの外装は簡単に変更できる。

きっと彼女(?)は掃除の美を究めんがため、表現活動の一環として自らの外装を美女に変えたのだろう。おそらく、形態は掃除の型や演目によって最適なものに変更をしていると思われる。書斎の掃除であれば美女、道路のゴミ拾いであれば老経営者、廊下の雑巾がけであれば小坊主……といった風に。

つまり、学会誌「人工知能」の表紙には、人間の特権であるように思われているクリエイティビティや芸術性でさえ、人工知能の発展の末には凌駕されうるという驚くべき主張が隠されていたのだ。このようなことを大っぴらにいえば人間至上主義者による弾圧・反発が必至であろうから、論文・論説による主張ではなく寓意を込めたイラストとして公開したわけである。

読み解きを行った私がいうのも何ではあるが、いくらなんでもこの表現はわかりづらすぎるだろう。女性蔑視の意図がないのはこの記事を読まれた方にはすでに明らかであろうが、それを理解できず非難をする人が現れたのもまた無理からぬことだ。

(k32ruからリブログ)
ユネスコの無形文化遺産もモンドセレクションっぽくなってきたな
(k32ruからリブログ)

mixiのようなソーシャルネットワークサービスは、「見てほしい」ネタでしかない内輪ネタを興味のある人に限定公開することで、「見たい」ネタに昇華させたのです。

好きな人のおならの臭いなら嗅ぎたい。それがSNSの本質であり、勝因でした。
でも、強引に近づけてしまった距離感が、結果的に息苦しくなり、若者のSNS離れを呼びました。

(wideangleからリブログ)
(778からリブログ)
この事件について、一部では「過去に販売されていた少女ヌードの写真集をスキャンし、加工して販売した」と報じられているが、これはまったくの誤報だ。